アダムとイブの昔より
 


  ◇ 答え合わせの段 ◇


  *ちょっとくどいかも知れない“種明かし”篇です。
   騒動ものには付き物だと諦めて流し読みしてください。(とほほ)




「芥川の方が相手の真の標的、
 俺らを集める前の時点で そうと気づいてて、なのにそれをすぐには告げなかったばかりか、
 故意に相手の段取りへ従ってたってことでいいんだな?」

金木犀の香りもとうに薄れ、街路樹の銀杏が徐々に明るい色合いに色づき出す。
気がつけばそんな頃合いになっている中、
先日大きに振り回された騒動の、
お浚いというのも大仰だが、まだ明かされてなかった辺りを聞こうじゃないかと。
報告や事務処理という後片付けにあたるあれやこれやも落ち着いてからのおもむろに、
当事者だった元師弟コンビからの呼び出しを受け、
コトの発端な場所でもあった芥川の自宅フラットへ、
巻き込まれた格好の素敵帽子さんと虎の子くんが訪れており。
ちゃんと盗聴器は排除したかとの確認をとってから、おもむろに先の一言を放って問いただし、
何考えてんだ貴様と、さすがに中也が険しい顔をしたけれど、

 「そこまで協力的じゃあなかったよぉ。」

例えるならば水蜜桃のような、それは嫋やかで蠱惑的な女性になっても大して動じず、
周りばかりが慌てていた事態の “当事者”だった太宰は、
中也からの言われようへ“人聞きの悪い”と眉を下げ気味に苦笑し、

「ただ、大概の代物は “人間失格”で解除できると踏んでただけさ。」
「言い方変えただけですよね、それ。」

問題の騒動は、探偵社への依頼でなし、
こやつらこんな物騒な武装して暴れてましたと、
引っ括った全員を軍警に届けてもよさそうな代物だったが、
たとい狙われた側であれ、芥川も売られた喧嘩を買った側として
指名手配犯として ますますの罪状が加算されるのは明らかで。
ならば、ウチの上級構成員に何してくれたと、
ポートマフィアが引き取って始末するというのも微妙に理屈がおかしい。
何と言っても、そんな後始末を負わせたこと、のちのちに貸しにされてはたまらぬと
太宰が心の底から嫌そうに顔をしかめたため、
一番最初の表書き通り、武装探偵社の太宰を狙った襲撃というタグを、
誰が何をどう証言しようと書き換えられない油性マジック仕様で記したうえで、
貸しの多い“異能特務課”て引き取ってもらうことにして。

 ………あざとい? それって美味しい?(こらこら)

大概の異能を無効に出来る、必殺のアンチ異能というチ―トな異能力。
それが彼の持つ “人間失格”で、ただたまに効かない代物も有りはして、
例えば、今回の“女性化異能”を持つ相手がそれ。
こういう相手の場合、太宰の異能を発揮させたければ異能者本人へ触れねばならぬが、
そうだとしても

「余程強力な能力者でない限り、
 仕掛けた相手から離れてしまうと、時間が経てば自然とほどけるからね。」

若しくは別の対象へと新たに発動された時点で、上書き作用から前の異能が解除されるなど、
即効性のある危険な代物でない限り、待てば何とかなるものも多く。
山ほどの前例と相対してきた蓄積から、恐るるに足らずと高を括っていたところ、

 「まさか女性にされちゃうとは思わなかったけど。」

あっはっはとあっさり笑ってスルーしちゃった、
相も変わらず飄々としているというか、ちゃらんぽらんというかな困ったお人で。
本来ならば、異能者の彼女さんの側からもまた
対象へ触れねば効果を波及させられないタイプだったはずが、
今回は媒介異能という特殊な能力者が挟まったため、複雑なことがしおおせたのであり。
そしてそして、そんなややこしい仕立てだったことこそが、
こちらの知恵者策士殿の好奇心を微妙に刺激してしまったらしくって。

「もしかせずとも面白がってたな?」
「さぁて?」

素敵帽子さんからの尖った視線と追及へ、
どうとも解釈できそうな笑みを見せて誤魔化して、

「でね? 女性にしちゃっただけってのはやっぱり妙だと、
 そこからスタートしたのはホントのことでね。」

単に 女性に転変させて
太宰やその周辺への動揺や混乱を招きたかっただけだ…というのはやはりおかしい。
くどいようだが、ただの悪戯にしては手が込んでいるし、段取りだけでもなかなか大変なこと。
ほんのいっときのそれであれ、無効化の無効化なんて離れ業がやれるのなら、
その好機、もっと大変な異能だって仕込めただろうに、

「例えばとするには不謹慎だけれど、
 耳目が不自由になるとか、足腰が立たなくなるとか。
 ダメージの大きいことは他にもあったろに。」

人間失格をかいくぐったなんてとビックリさせられたのに、
命に別状なさすぎるものを仕掛けるなんて帳尻が合わぬと、
そこは素直に “不思議だ奇妙だ”と勘繰り続けた。

「そこまで重い異能を発揮できる者に思い当たりがなかったからか?
 そんなライトな存在が、そもそも私に接近することが矛盾している。」

 自惚れるわけじゃあないが、私の素性は異能特務課が念入りに洗浄しているから、
 昔の私を重々知悉している相手でなけりゃあ、そうそう正体にまで辿り着けはしないはず。

「中途半端に、私が過去には何かしらの地位者だったらしいこと、
 少なくともこの子が師匠扱いしていることを盗聴で聞いて知り…と、
 せいぜい履歴書レベルの浅い情報で今回の企てを構築したらしいのなら
 ようやく納得も行くというものでね。」

 太宰こそが狙われている、
 しかもこれだけじゃあ済まなくってよというミスディレクションを誘い、
 この子が、弱者になってしまった師匠を傍において
 何者からでも守ろうと構えるだろうという流れを見越したのだろうね。

「私が一人でいる時に仕掛けりゃあいいものを、
 わざわざこの子のところに居ると判ってて
 携帯への間違いコールで仕込むなんてところがさ、
 すでに色々とヒントになってたし。」

 同じ場に彼も居て、異常が起きたということを隠しようがない、
 とんでもないことになったってことが他でもないこの子へすぐさま気づかれちゃう、
 有無をも言わさぬ段取りってことから、

「芥川くんに “守らなければ”と、傍から離れぬ態勢を執らせ、且つ、
 そう運ぶのへ時間を掛けさせたくはないから、
 発見されやすいよう、彼と共にいる時に発動させたかったらしいと。」

逆からの推理は結構面倒だったけど、
そうと気がつくのは10分も掛からなかったよなんて笑う太宰だが、

 “そんな風に考える癖がついてるんだ、太宰さんて。”

頭の切れる人は違うなぁなんて、
またもや感心しちゃった虎の子くんのぽかんとしたお顔へ。
何と思われているかにも察しは付くものか、
浮かれすぎたかなとの反省か、少し眉を下げて見せてから、
希代の策士、もとえ、軍師殿は言葉を続ける。

 「じかに触れないで波及させようってものである以上、
  よほど強力でない限りどこかに限界もあろうしね。」

反撃されるのがおっかないのか、よほど慎重か臆病か。
え?電話越しでも効くほど強力な異能者かも知れないとは。本当に思わなかったんですかと、
当日もそこを案じていた敦くんが訊いたが、

「ないね。」

やはり太宰はかぶりを振って見せ、

「そこまで強力に固定しきれる性転換が遠隔でも可能なら、
 もっと大きな組織が抱えてる。」

けろりとそうと付け足した。例えばポートマフィアとかねと。

「そろそろ異能は裏社会では常識化しているから、
 どんな情報も見逃せないって、どこの組織でも鵜の目鷹の目状態なんだよ?」

だから、そこまで強力なものを使えるような輩となると、
それなりの噂が裏社会でだけでも広まってるはず。

「対象の戦力を半永久的にそいでしまうほどの、
 もっと強くて、そうは解けない女性化だとかなら、
 何の足しにもならない、役に立たないお馬鹿な異能とは言えないしね。」

「…ははぁ、」

結果からすりゃそうみたいだが、何でその時点で気づいたのか。
他でもない自分がそんな体にされちゃったことでパニックにもならず、
すらすらとそこまでの推理を構築できるなんて。
頭が切れる人は違うなぁと、敦が素直に感心しておれば、

「だって何日か前の朝に、私の携帯の着信音を聞いてうっかり手にした芥川くんが、
 それは可愛らしい女性になっちゃったの見ちゃったし。」

「はいぃい?」
「…っ?!////////」

着信設定が自分と同じ初期のままの音だったので間違えて触れてしまい、
そのまま通話状態になったので “もしもし”と声を掛けてしまったが、
うんともすんとも応じの声が返らない。
おかしいなと小首をかしげておれば、
太宰が ああそれ私のだと取り上げた一幕が確かにあったと芥川も思い出し、

「……あの時ですか?」
「うん♪」

ありゃまあとびっくりしつつ、おはようって手を触れたら
女性の姿はあっさり消えちゃったけどねと、自分だけが知ってる事実を楽しそうに口にした太宰へ、

「おいおい判ってたんかい、そんな格好で
「うん。」

けろりと言い返されて、中也がはぁあ〜っと深い溜息つきで額を押さえたのは言うまでもない。
身内にまでどんだけ隠し事をして話を進めていたものかと呆れたのだろう。
まま 太宰にしてみりゃ、裏付けのない段階だったから黙っていたのだろうけれど。

「何か起こりそうだと用心したのはそこからで。
 で、その時のはあっさり解けたとはいえ、
 本人が触れもせで発動させられる代物らしいなと把握してたってわけ。」

仕込まれていたのは私の携帯、
ということは標的は私だろうに、
でも、私に備わってる異能無効化はどうするのかなって、そこまでは予想も難しくてね。

「触れていないものへまで影響させられる力じゃあないが、
 私へ降りそそぐものへは無条件で発動する盾でもあるからね。
 遠くから眼力で働きかけるとかじゃあ効きゃあしない。」

それと、今にして思えば 私が触れたから解けたんじゃあなく、
芥川くんの声がしたんで
ありゃ掛かった相手を間違っているぞと気づいて向こうで解いたのだろうね。

「それこそ異能無効化を一瞬でも仕掛けられるとかいうのが、まだ手元に居たろうから。」

段取りを色々差し替えて試したのだろね。
女性化の異能を込めた音声を聞かされるらしいというのも結構奇抜だ。

「ああ。」

そこは中也が担当しており、
企てが進んだ途端、今度は足がつくのを恐れたか、
もう用は済んだと とっととお払い箱にした辺りも底が浅い。
現に、こちらは迅速、且つ 裾野の広い情報収集で
中也の腹心の青年が あっという間に突き止めた挙句、
無防備な状態にあったので奇襲も難なくこなせ、
あっさり…だったかどうかはともかく、(笑)
半日も掛からず全員を身柄拘束出来ていたのはご存知の通り。

「無効化の異能をまずは仕掛ける。
 例えば、該当する番号が実際にはなかったナンバー表示とか。
 非通知なんて表示だったら出ないで済ませてた、警戒させただろうからという仕込みかと思たんだが、
 あれが引き金だったらしくて。
 その上へ畳みかけるように、女性になる異能を囁かれたって順番じゃないのかな?と察したワケさ。」

前振りがあったとしたって、自分が被害をこうむっておきながら、
冷静にほぼ正解を導き出せている辺り。
乱歩さんに匹敵する聡明さが今更ながらに恐ろしい人で。

「そんなややこしい段取りを取ったお陰様、というか、苦労した甲斐あって、
 無効化を残してどうしても女性にしたかったのはどうしてかっていう
 何とも謎めいた仕立てになってしまった訳で。
 それもある意味 相手には思いもよらない引っかけ仕様になってたってわけさ。」

今だからこそ判ることだが、
相手にしてみりゃ 羅生門という最強火力を削るため、
人間失格自体は封じるつもりはなかったようだし。
そういった相手の都合は、こちらには判るはずもなく、
それで とば口で思いの外 混乱させられたと言いたいようで。

「だってあの程度の雑魚にそこまで思いつけようはずが、、」
「ああ、はいはい。」

そんなこんなで、
体格が虚弱化し体力も格段に減る女性となった私を徹底して守る彼だというのも
美味しいハンデになると見越していたのかも。
このちぐはぐな状況へ、我々がこんがらがるだろう運びも、
相手には思わぬ光明になったんじゃなかろうか。
調査のためにと キミらは離れての別行動となったのへ躍り上がって拍手したかもね。
もっとも、相手が思ってたほど五里霧中じゃあなかったから、
とっとと解除の鍵を捕まえられたのだけど。

「まぁな。小さな悪戯を仕掛けて溜飲を下げさせる、
 そんな何でも屋を片っ端からあたって
 異能を使ってそうなのをふるいにかけて。
 大きな美味しい仕事にかかっているのか、
 最近 姿を見ないってのを絞り込んで追い詰めさせた。」

ウチは異能集団だけに、
そういう情報戦でも超一級なんだ、舐めるんじゃねぇよと、
実際に手掛けたのは腹心の征樹くんだろに、何でか中也が威張ったところで。
すっかりと委縮したところを 因縁の羅生門でぐるぐる巻きに捕縛された首謀者たちへ、
自身らが相手へ放った啖呵もどきを太宰もこそりと思い出す。

 『ハンデキャップを負わせて、
  いよいよ、パーティーを始めようってノリで、
  この公開処刑になったわけなんだろうにねぇ。』

そのっくらいはお見通しなうえで、
愛し子の懐に匿われつつ、女性として八面六臂の活躍こなしたそのあと
“残念でした”としたり顔で言い放った太宰だったのであり。

 “ああいうのはいつだって快感だよねぇvv” (おいおい)

太宰の方がおっかない存在とも知らぬ、
親玉組織をポートマフィアの芥川に潰された下級組織の逆恨み。
ただ、募ったら数が半端じゃない恨みつらみだったので、
自分らという勢力のプレゼンテーションも兼ねての派手派手しい段取りにしちゃった。
そんな欲をかき、もう引退した身だと太宰の能力を見くびったのが不味かった。

「つくづくと、影でこっそり暗殺という運びにしなかったの不味かったよねぇ。
 いやまあ そんなことされるようならプチっと摘んだけどね、その場で。」

実は芥川龍之介に組織ごと潰された逆恨み組らへ、
その憎っくき男をずたずたに潰してやろうと持ち掛けた、
世間知らずなポッと出のグループが今回のおさわがせの張本人で。

  自分たちは
  水も漏らさぬ作戦を立て、それを完璧に執行していい線までのし上がってきた
  ヨコハマの裏社会を牛耳る次世代の新星だから、と

ポートマフィアに怯え恐れて逼塞していた裏社会へ
トウキョウから殴り込みをかけて来た、暴走族崩れの破落戸集団。
ちょっと毛色が違ったのは、大学へ進学した秀才を仲間内に取り込み、
特殊詐欺まがいな悪さも重ねて軍資金を集めていたことで。
それを元手に顔つなぎを重ね、古株の組織へ食い込み、
ポートマフィアの成長株を自分らが畳んで見せましょうと大見栄きってのこの顛末。

「ちょっとばかり 小ずるい程度の知恵があったの振り回して
 いい気になってたのが不味かったねぇ。」

何でこんな、こちらを泳がせるような真似をするのか、
殺す気まではないただのサプライズな悪戯に
此処まで微に入り細に入り微調整の要る段取りを組むものか?、
舐めてのことかそれとも?と、
ちょっと癪だが微妙に困惑させられて。

「異能無効化は、どんな強力な異能でも封じてしまえるところから
 チ―トな能力だと思われているようだが、
 実際は使いようがなかなか面倒な代物でね。
 本来は、防衛に生かすべきもの、攻撃へ投じるのは向かない。」

弾頭ミサイルへの防衛迎撃兵器、地対空誘導弾PAC3(パックスリー)みたいなもんさと、
ご本人からして苦笑して、

 「途轍もない腕力バカとか、銃器で隙なく武装した相手へは何の意味もないものね。」
 「あ…。」

敦がとあるシーンを思い出す。
青の使徒の事件の折、
敦が長テーブルや重そうなユニットを叩きつけてもケロッとしていた
怪力でとんでもなくタフだった大男には、さすがに苦戦していた太宰であったことで。

 “いやまあ、あれは極端な相手だったけれど。”

かように腕力もさほどなく体術もさほど巧みじゃあない、
中也曰く、マフィアにあってもせいぜい中堅級だったという太宰だが、

「それで銃の扱いに精を出した。お陰様で大概の銃器は扱えるよ。」

背が高く体躯もまま精悍なほうなので、少々大型の銃でも使いこなせたし、
格闘に関しても 護身術で良いなら さしたる問題はなかった。

 “…敦くんにはまだ知らされてないかもだが、”

例えば、中也の最終兵器の異能は
太宰の無効化でじかに取っ捕まえないと止まらない代物で。
敵陣の真っただ中で我を忘れて暴れまくってるのへ、
突撃してって触れないと、下手すりゃヨコハマ壊滅になりかねない。
なので、接近戦における身のこなしや無駄なくテキパキと敵を排除できるノウハウは
脊髄反射レベルで出せるようきっちり叩き込んであるし、
脳筋タイプを大人数用意してのバトルロイヤルでも構えてない限り
いっぱしの戦力として参加できる駒ではあったのだが、

「そんな私なだけに、
 異能を封じるより、女性にでもしなきゃあ身の危険なんて感じやしないと睨んでの
 あのややこしい手はずだったんだろうね。」

女性では骨格も細くなるので、
自身が撃つという格好での銃から受けるダメージも半端じゃあなくなる。
乱闘のさなかで芥川が懸念していたように、
弾圧が大きい自動拳銃を撃った反動で鎖骨を折るなんてよくある話。
機関銃を両手撃ちしていた樋口さんの場合、梶井さんが特別仕様の銃を作ってあげたんでしょうね。
なので、手っ取り早くか弱い女性に転変させて、
自分で自分を守ることへの限界を設け、その周囲や芥川へ更なる危機感を募らせた。

 いくら“人間失格”が健在でも、
 いつにもまして脆弱な存在と化してしまった、と

「いつにもましてとは失敬な。」
「事実だろうが。」

体術基本という前衛としての自分の特性をくさされたコトに気づいていたか、
中也の言いようは辛辣で。
だがまあ、それもまた相手の狙いには違いなかったようで。

「そうともなれば、急襲を受けたとして、どこかへ逃がすのは得策とは言えぬ、
 むしろ自分の異能でぐるりと360度を防御するのがよかろうと、
 傍にいて守ることを選択させやすくしたのだろう。」

そうと言って太宰が見やったのは、言わずもがな、師匠最優先が信条の芥川だ。
実際、ならば尚更に離れないと本拠への出社を休んでしまったお人だし。
相手の策の邪魔にならぬよう、ギリギリまで真相は明かされなんだらしいのだが、

 “あんな連中にまで舐められてたなんてね。”

途轍もなく限った対象へではあれ、
非情になり切れぬという方向で甘いと思われていたなんて、困った子だよねまったくと、
やれやれと眉を下げた太宰としては、

 「ぐるっと回って却って面倒なことになってたのは、
  情報を集めるのに頑張ったのは認めるが、結局穴だらけだったからだ。
  この子の羅生門はかなり恐ろしい異能で汎用型でもあるから、
  それを封じるには親しくしている私の 異能無効化を生かしたい。
  そこで私をか弱い存在にしてこの子を振り回したい…という眼目だったのにこだわりすぎた。」

現に、相手の思った通りの状況になっていたのに
それでも困っちゃあいなかった二人であり。
人間失格が、手に触れるか、彼の意思を込めて発動させねばならぬものとまで判っていなかったと来て、
まったく詰めが甘いなぁと苦笑した太宰で。

「まあ、そうそう都合のいい異能を持つ顔ぶれじゃあなかったから、
 こんな中途半端な手しか使えなかったんだろうがねぇ。」

ウチのコヨミがあんなポンコツでも放り出されないのは、
こそりと標的に近寄ってガキにしちまうって姑息な手にうってつけな
“使える”異能だからだしと。中也が苦笑したのへ、

  ああ、あの相手の歳を半分にするお姉さん。(『よくある異能につき』 参照)

そうと思い出しつつ、

 「中也さんとは色々と打ち合わせていたのでしょ?」

振り回されてた…ように見せてた22歳組の芝居は大したものだと
敦なりに汲み取ったようで。
敵方をいい気にさせておくためだとはいえ、
一緒くたに手玉に取られた側にすりゃあ面白いはずもなく。それへは、

 「いやいや打ち合わせをしたのは呼び出されてからだぞ。」

自身の愛し子からジト目で睨まれた、策謀組と目される片やの中也が
身の潔白を示したくてか、いやいや いやいやと否定したものの。

「ほら、打ち合わせしたんじゃないですか。
 あの時 言ってた“手話で”ってのもそうでしょう?」

「だから、それあっての異能者探しをしたんだろうが。」

自分はあくまでも太宰の構築した手筈の流れとやらへ乗ってやっただけ。
色々なんて さもたっぷりと合意があったよに括られてはたまらぬか、
そこからは共に別行動となっていただろうがと敦を言い諭す。
自分もまた当日参加組だと言いたい彼なのは判ったが、

 “でもでも、それじゃあ…。”

他でもない被害者だった太宰自身は、
異能無効化なんて繰り出されちゃあ打つ手がないと言いつつも、
まるで他人ごとみたいに飄々としたままでいたような…。

「オオカミ少年の逸話を逆手にとったようなものですよね、それって。」

いつもと同じで、
でもそれが彼らしいと感じさせてしまう“普段”が いっそおっかない。
今回はそうはならなかったが、もしもこうまで判りやすい異常事態じゃなかったら?
本当は危険な状況、でも、へらへらしているから
気づいてもらえないまま、案じてはもらえないということになりかねない。
上手く言えないとムズムズしていたらしい虎の子が、何とか絞り出したのは、

「何で…せめて芥川にくらいは、
 こういう企みらしいから、
 途中まで乗ってやって誘導するつもりだって腹積もりを言っとかなかったんです?」

自分は芝居が下手だからナイショにされたのも判らぬではない。
だが、今回の騒動では最初から太宰の傍らにいたにもかかわらず、
そんな芥川にも肝心なところを最後の土壇場まで教えてなかったようなと、
一緒に対処に奔走していたその端々で感じていたし、

 「他でもない、太宰さんへの一大事なんですよ? どれほど案じてたと思います。」

最後の締めでは二人で連携して共闘していたようだが、
そこへ至るまでの騒動のあれこれでは、原因も黒幕も判りませんとすっとぼけ、
愛する人の窮地という案じ あーんど 目の毒でしかない艶姿へ、
主にはあの青年へのダメージばかりが累積されていたような。

 「う〜ん、でもねぇ。」

そんな罪なことしてどうするかと、殊の外ムキになってる虎くんへ、
ああ優しい子だねと苦笑をこぼせば、
太宰当人は言いにくかろうと思ったか、中也が口を挟んで来て、

 「結果として、こいつじゃあなく彼奴が狙われていたんだしな。」

一網打尽を狙ってのこと、
相手をそそのかすためだけにあえて黙ってただけなら非難されてもしょうがないが、
実際はそれだけじゃあなかったしと言いたげな中也であり、

 「もしもそうだとこいつが知っていたら、それこそ効率無視の独断専行で
  太宰をどっかに押し込めてたった一人で罠に乗ってただろうからな。」

  「う…。」

それもまた相手の思うツボだ。
単身でもそう簡単にやられる彼だとは思わぬが、
超遠距離からの狙撃を間断なく続けられたら?
あるいは、身近にいない太宰を、拿捕、もとえ
仲間が既に捕まえてあるなんてそそのかされたら、案外動揺しかねねぇしな。

 「そんなことになったらば、それこそ私が辛いばかりだからね。」

先達二人の指摘がよほどに真っ当だったからか、

 「…人虎のようにつけつけ言える身でもありませんし。」

今まで呆然としていたか、
いやいやそんな風にやや水臭い運ばれようをされるのも今更と諦めていたものか、
師匠の指示には絶対服従が基本の誰かさんが、
ぽつりと呟き、

「まだ信用にたる力は付けていないと…。」
「じゃあなくてだね。」

私としてはキミに危険が及ぶのが嫌だったから…と言いかかる途中で、

「ですが、僕は破格の戦闘力をこそと期待され、それを養って来た身です。
 認めていただいても慢心せず、鋭気を養う日々を積んできたつもりでしたのに。」

結果として実はギリギリまで庇われていたようなもの。
それを心外な運びだったと言いたいか、
彼には珍しくも他でもない太宰へと食って掛かる芥川で。

「じゃあ何かい?
 女の身になってしまった私は、師事するにも足らぬ存在になり下がったと言いたいのかい?」

非力で頼りなく、目を離せぬお荷物だったとでもいうのかい?
そうは言っておりません、ですが。

「そんなにもご自身を疎まれて、蔑ろになさるのがたまらぬのです。」
「それは…っ。」

そんなことはないとでも否定しかけた太宰の言をやはり遮り、

「自分が全て抱えて滅すればいいと、日頃からもそうと構えておいでではないですか?
 それって、人虎の超再生をあてにする態度と変わりない、其奴を窘められません。」

自分ではつけつけとした物言いは出来ぬと言ったのは、一体どこのどなただったやら。
巧みな言い回しにより丸め込まれるのはかなわぬか、
吸い込まれそうな漆黒の瞳を据えた双眸をキリと冴えさせ、
こればっかりは引けぬと言わんばかりの厳しい顔で、
師である太宰を真っ向から見据えて、芥川は叱咤するよな語勢で言を連ねる。

「我々がどれだけ貴方を大切だと思っているか。
 希少特異な、稀なる頭脳や機転の持ち主だからじゃあない。
 肝心なことを何一つこぼさず、危険なことや辛いことほど一人で抱えて。
 憎まれ役になってでもいいからと、
 水臭いほど一人で片づけようとなさるのを、我らとてちゃんと知っているのですよ?」

 独りでいる時ほどまっすぐ伸ばされた背中とか、
 言いたいこと総ては言ってなかろう、諦念に染まった笑い方とか。
 何にか鎧われたよな頑なな態度を前に、
 ああ、私ではあてにはされぬかと、視線落として歯噛みして。

「そこからは入って来るな踏み込むなと制されているのがどれほど歯がゆいかっ。」
「…っ。」

じかに殴りつけるよな使われようはしない、成年男性のそれにしては小ぶりで白い手をぐっと握り込み、

「僕なりにお守りしたいと踏ん張りましたが、
 全容を明らかにされてはいなかった時点で、僕はまだ中原さんほどの信頼は得ていないのですね。」
「そうじゃない。
 中也の言ったことを繰り返すみたいだが、
 最初から明かしていたらキミは私をどこかへ押し込めてでも一人で駆け出したのではないか?
 キミに怪我など負ってほしくはなかったから、手の届くところに居てほしくて。」
「そうして玉砕するのが目に見えていたのでしょう? 未熟者なのだと、」
「違うっ。」

どうして判らないかな、髪一条だって傷ついてほしくなかったから
どうして傷つくこと前提なのですか、僕は深窓の姫君じゃありませぬ、戦果を重ねたく…
だから…っ



こればかりはどうあっても説き伏せられるわけにはいかないか、
どちらも引かぬ勢いでああだこうだと言い合いを交わすのが止められず。

「…敦。」
「はい…。」
「帰るぞ。」
「…え?」

高射砲同士の畳みかけもかくやという言い争い、
加熱するばかりなそれを、乗り遅れての取り残されたまま見守っていた残りの二人だったが。
こちらさんは実のところ さほど緊迫感も覚えちゃあいなかったか、
ソファーの背へ広げた恰好で両肘を引っかけていた中也が
かぶったままだった帽子に手をやり、ぽすんと手を置いたままちょいと直すと、
やれやれという口調で傍らの愛し子へそんな声を掛けて立ち上がる。
こちらはハラハラと見守っていた敦くんが、
え?と意外そうに驚いて見せ、

「……放っておいていいんですか?」
「構わんさ。芥川が言いたいこと言えるようになったのは進歩だし、
 青鯖も流してしまわねくなったところは買ってやらんとな。」

こじれてから話聞いてやるくらいでいいのさと、
俺らは帰ろうと、こそりと場を去る二人であったりする。

「ありゃあ、仕事と私とどっちが大事かって言い争いの逆パターンだからな。」

大切な相手だからこそ、庇いたいし守りたいって思う切実な気持ちは重々判るけれど。
荒事の世界で生きてる身なんだから、
場慣れした達人の師匠には早く対等に見てほしいだろう、
使い勝手のいい存在として扱ってほしいって切望しているのにと。
その辺りがついつい噴き出してしまった芥川だとようよう判ると同時に、

 『義務としてとか、ムキになってとかいうのじゃあなくて。』

いつぞやにたまたま顔を合わせた場末のバーで、
今日の集まりを告げられた折。
独り言だか惚気だか、太宰がぽつりと吐いた言を思い出しもした。

 『あの子がね、守りますなんて言ってくれてさ。』

持ち上げたタンブラーの中、
ウィスキーに浸された望月のような球状の氷をかららと回し巡らせて。
宝石か何かのように見入っていたそのまま、口許をこそりほころばせ、

 『ああ、そんな顔できるようになったんだなぁって、
  何てことない運びから出た一言なはずなのに、何でかそりゃあ嬉しくってね。』

何をどんだけ飲んだって、まずは酔わないザルな男のはずが、
ふふーと蕩けるように笑ってほろ酔い思わすような顔になっていたので、

 “ああ、やっぱあれは惚気だったんだろな。”

今は今で、教え子相手にムキになってる顔が、
幼いころのたまに見られた、しゃにむに駄々をこねてた誰かさんのお顔に重なり、
ついつい苦笑が止まらぬ中也だったりするのである。





     〜 Fine 〜    17.10.08.〜 11.06.

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 *ほぼ一カ月かかった代物ですね。
  長のお付き合い、どうもありがとうございました。
  こういう“仕掛け”のあるお話は種明かしが要るのが面倒で、
  もっとこう、スパッと切れ味よく書けないもんかと、
  毎回じりじりしております。